1. 背景
同じ内容のクレームが存在する二つ以上の特許の併存は認められません。

日本では特許法第39条で二重特許の併存が防止されており、出願人が同じであっても異なっていても一方しか特許は付与されません。また出願日が前後であっても同一であっても一方しか特許は付与されません。日本の特許法第39条の審査基準では、発明特定事項に相違があっても、実質同一の範囲内であれば、一方しか特許は付与されません。

また、日本では、後願の出願時に同じ内容の先願が公開されていれば、新規性なしとして特許法第29条第1項により後願が拒絶されます(発明者または出願人が同じでも同様)。後願の出願時に公開されていなくても同じ内容の先願がその後に公開されれば特許法第29条の2により後願が拒絶されます(但し発明者同一、出願人同一を除く)。

米国の旧法(Pre-AIA)では、二重特許の問題は、同一の発明者、同一の譲受人、または同一の発明者/譲受人には該当しないが共同研究契約等の適用を受ける場合に限り適用され、他人との関係ではインターフェアレンス(先発明者を決定する手続、旧135条、旧102条(g))で調整されます。そして、同一の発明者、同一の譲受人等の場合に、二重特許の問題が発生します。

新法(AIA)では、先発明主義から先願主義に転換されましたので、インターフェアレンスは廃止されました。日本と同様に、後願の出願時に同じ内容の先願が公開されていれば、新法102条(a)(1)により後願が拒絶され、後願の出願時に公開されていなくても同じ内容の先願がその後に公開されれば新法102条(a)(2)により後願が拒絶されます。但し、様々な例外が新法102条(b)が規定されています。新法102条(b)の詳細はここでは省略しますが、概ねいえるのは、出願人が異なる同じ発明については新法102条(新規性)で後願が拒絶され、出願人が異なる類似の発明については新法103条(進歩性)で後願が拒絶されること、同一出願人または同一発明者の場合には、新法102条(b)の例外の余地があることです。

そして、同一出願人または同一発明者の場合には、新法102(b)(2)(C)の例外の下では、先願が新規性や進歩性の先行技術としての適格性を有しないとしても、ダブルパテントの拒絶は従来同様に出されることになっています。

2. ダブルパテントの種類
米国では、ダブルパテントは、以下の2通りに分類されます(MPEP §804)。

・同一発明型(same invention type)
米国特許法101条は、「新規かつ有用な方法、機械、生産物、組成物、またはその改良を発明した者は、それらに対して単一の特許を受けることができる」旨を規定しています。この規定に「単一の特許」と記載されていますので、同一の発明が二以上の出願でクレームされている場合は出願が拒絶されます。法律の条文に根拠がありますので、「同一発明型」は「法定型」とも呼ばれます。

同一発明型の判断基準として、(ある被疑物によって)他方のクレームが文言上侵害されずに、一方のクレームが文言上侵害されるかとどうかがMPEPに記載されています。ある実施の形態が一方のクレームの範囲内にあるが、他方のクレームの範囲内にはない場合には、同一発明型のダブルパテントの問題ではありません。例えば、一方のクレームが広く、他方のクレームがそれに含まれるが狭い場合には、同一発明型のダブルパテントの問題ではありません(但し、自明型のダブルパテントの問題になりえます)。単に表現が違うだけ(例えば36インチと3フィート)では、同一発明型のダブルパテントの問題になります。

同一発明型のダブルパテントの拒絶は、同一の発明に適用されますので、対処方策としては、クレームの削除、クレームの補正、同一の発明ではないという反論がありえます。

同一発明型のダブルパテントの拒絶はめったにありません。クレームの補正などで「同一発明型」でなくなっても「自明型」の心配は残ります。

ターミナルディスクレーマは、同一発明型のダブルパテントの拒絶への応答として適切ではありません。

・自明型(obviousness type)
二以上の出願のクレームが同一でなくても、自明の範囲内にある場合には、やはりダブルパテントとして拒絶されます。

判例に根拠があり、法律には根拠はありません。法律に根拠がないので、「自明型」は「非法定型」とも呼ばれます。

自明型の判断基準は、競合するクレームが同一ではないが、少なくとも一方の出願のクレームが他方の出願のクレームに対して特許可能な程度に相違していない(is not patentably distinct from)こととされています。具体的には、少なくとも一方の出願のクレームが他方の出願のクレームに対して新規ではない(anticipated by)か,または自明である(obvious over)場合です。一方のクレームが広く、他方のクレームがそれに含まれるが狭い場合にも、自明型のダブルパテントの問題になりえます。

審査官が自明型のダブルパテントと判断するには、一般的には、一方向自明性(one-way obviousness)があれば足ります。つまり、一方の出願のクレームから他方の出願のクレームが自明であれば足り、その逆の判断は不要です。例えば、先願クレームから後願クレームが自明であれば、後願クレームはダブルパテント拒絶されます。後願クレームから先願クレームが自明かは問題とされません。同日出願でも同様です。

但し、特別な場合には、双方向自明性(two-way obviousness)が必要とされることもあります。それは、出願人にダブルパテントの問題が生ずるような複数クレームを単一の出願で出願できなかった場合、かつ特許商標庁の管理上の遅れのせいで(出願人に落ち度がなく)先願より早く後願に特許が発行された場合に起こります。例えば、広いクレームの基本発明を先に出願し、狭いクレームの改良発明を後に出願したけれども、米国特許商標庁が順序を乱して後願特許を発行し、その後に先願特許も発行した場合です。この場合に、one-way testを行なうと、広いクレームに係る先願の後発特許がダブルパテントにより特許性なしとなってしまいますので、two-way testが使われます。つまり、先願の後発特許のクレームが後願の先発特許のクレームに対して特許性がなく、かつ、後願の先発特許のクレームが先願の後発特許のクレームに対して特許性がない場合のみ、先願の後発特許がダブルパテントにより特許性なしとされます。

「自明」の判断は、原則として103条(非自明性)の判断と同じです。しかし、ダブルパテントが二つ以上の出願のクレームを比較するのに対して、103条(非自明性)の判断はクレーム同士の判断ではなく、先行技術全体に対して出願クレームが自明かどうかの判断です。自明型ダブルパテントの拒絶では、一方の出願Aの「明細書」の記載に基づいて他方の出願Bのクレームを拒絶することはありません。但し、ダブルパテントの対象であるクレームの相違が自明であることを論理付けするために、別の出願Cの開示を審査官が引用してくることはあります。

自明型のダブルパテントの拒絶への対処方策としては、クレームの削除、クレームの補正、自明ではないという反論がありえます。最も普通に行われる方策は、ターミナルディスクレーマ(terminal disclaimer、特許存続期間の末期の一部放棄書)の提出です(米国特許法253条)。

3. 仮のダブルパテント拒絶
ダブルパテントの対象となる他方の出願が係属中である場合には、一方の出願に仮のダブルパテント拒絶(provisional double patenting rejection)が発行されます。なぜ「仮」かというと、当然ながら、まだ他方の出願の動向が不明だからです。出願人は特許を取得しないかもしれませんし、クレームを削除するかもしれません。他方の出願が特許されれば、「仮」の拒絶は正式な拒絶になります。

4.自明型ダブルパテント拒絶される場合
同一発明型のダブルパテントの拒絶に比べれば、自明型ダブルパテントの拒絶は頻繁にみかけます。

典型的なのは、関連する発明を別々に出願した場合です。出願日または優先日が同日でも別日でも同様です。米国の発明の単一性は結構せまいので、関連件でも別々に出しておこうという場合はよくあります。

また、自発的な分割出願(継続出願)を行うと、親出願または他のファミリー出願に対する自明型ダブルパテントの拒絶がよくあります。

一方、審査官が限定要求を出した場合には、審査官は限定要求で分割された出願同士の自明型ダブルパテントの拒絶をしてはなりません(米国特許法121条)。別個の発明だからこそ限定要求がされたからです。但し、審査の過程で相違点を消していって類似性が増すような補正をする場合には、ダブルパテント拒絶をするぞという審査官はいました。これが法律的に正当かどうかは分かりません。ダブルパテント拒絶というよりも、シフト補正の問題のように思えます。

5.ターミナルディスクレーマ
自明型ダブルパテントの拒絶は、ターミナルディスクレーマ(terminal disclaimer)により解消することができます(米国特許法253条、MPEP § 804.02 II)。ターミナルディスクレーマは、所有者が特許期間の一部を放棄する手続であり、一方の特許期間の終期を他方の特許の満了日と一致させることにより特許期間の実質的な延長を回避するものです(37 CFR 1.321(c), MPEP § 1490)。

ターミナルディスクレーマが提出された場合、それらの特許は分離して移転することができず、同一人により所有された状態でなければ権利行使できません(MPEP § 804.02, 1490 VI.)。

日本の関連意匠制度とよく似ています(個人的には、日本でも、実質同一の発明だから拒絶という酷な実務を止めて、例えば関連特許制度のような制度を作ればよいと思います)。

ターミナルディスクレーマを提出すれば、クレームの削除、クレームの補正、自明ではないという反論をしなくても、特許にはなります。権利範囲を狭める必要がなく、意見書に起因する禁反言の心配もありません。このため、自明型ダブルパテントの拒絶に対しては、ターミナルディスクレーマが最も簡単に使えます。これがターミナルディスクレーマの利点です。

ターミナルディスクレーマを提出すれば、自明型ダブルパテントによる拒絶を解消することができるとわざわざ書いてあるオフィスアクションもしばしば見かけます。

ターミナルディスクレーマの欠点は、複数の特許の存続期間の満了時期が一致する(短い方に合わせられる)ことと、それらの特許は分離して移転することができず、同一人により所有された状態でなければ権利行使できないことです。

かなり昔は、ターミナルディスクレーマを提出すると、両方の特許の類似性を自認することになり、禁反言の法理(estoppel)からみて危険性があると言われておりました。具体的には、一方の特許Aがある先行技術Cにより無効になる場合には、ターミナルディスクレーマで特許Aと結び付けられた他方の特許Bも同じ先行技術Cでやっぱり無効になることを免れないのではないかと言われておりました。たとえBとCが相当違っていても、ターミナルディスクレーマを提出するということは、AとBには特許可能な程度の相違がないと自認していると推定されるのではないかということです。確かに昔はそういう判例がありました。

しかし、Quad Environmental Technologies Corp. v. Union Sanitary District, 946 F.2d 870 (Fed. Cir. 1991)の判例以降は、その方向の懸念が一応なくなったと言えます。

この連邦裁判所の判決の前の地裁判決では、特許Aの発明は従来商業的に使用されていたので無効であり、特許Aに対してターミナルディスクレーマで結び付けられた特許Bに関しては、両者が自明であることを自認しているので禁反言により無効と結論付けられました。しかし、連邦裁判所は地裁判決を覆しました。その判旨は、「ターミナルディスクレーマの提出は、ダブルパテントによる拒絶を除去する作用を有するだけであり、拒絶の争点に関する推定も禁反言も引き起こさない。」というものです。よって、ターミナルディスクレーマを提出したからといって、両特許が自明の関係にあるのを出願人が自認したという推定も禁反言も働きません。

Ortho Pharmaceutical Corp. v. Smith, 959 F.2d 936 (1992)では、(1)特許Aは他のいくつかの特許とダブルパテントで無効、(2)特許Bは特許Aに対してターミナルディスクレーマで結び付けられている、(3)よって特許Bも無効との主張(間接的な無効の主張)がされたところ、連邦裁判所は、「自発的に提出されたターミナルディスクレーマは存続期間の満了を早期に確定するだけであり、特許Bまたは他のいかなる特許の有効性と特許Aの有効性とを結び付けるものではない」と結論づけました。ここでも、連邦裁判所はQuad Environmental Technologies Corp. v. Union Sanitary District, 946 F.2d 870 (Fed. Cir. 1991)の判旨を引用しています。

これらの連邦裁判所の判例を覆すような判例が出現するとしたら、よほどのことだと思いますので、安心してターミナルディスクレーマを提出してよいように考えます。

適切な委任状を有する米国弁護士は、出願の所有者に代わり、ターミナルディスクレーマーに署名して提出することが許可されています。逆にいえば、委任状がないと、その弁護士の署名は有効ではありません。おそらく一種の不利益行為なので、委任状が必要なのだと思います。

ターミナルディスクレーマは、特定のクレームを選んで(例えばダブルパテント拒絶されているクレームを選んで)行うものではありません。一部のクレームだけダブルパテントと指摘された場合に、他のクレームについてターミナルディスクレーマのデメリットを避けたい場合には、継続出願することができます。但し、今度はその継続出願に対して、親出願とのダブルパテントが問われて、またまたターミナルディスクレーマを提出する羽目になる(合計三つの特許が存続期間の終期同一かつ分離移転禁止になる)ことはありえます。

関連出願を多数出願した場合には、出願Cの審査手続きにおいて、出願Aに対しても出願Bに対してもターミナルディスクレーマを提出することがありえます。きちんと記録しておかないと、存続期間を正確に把握するために履歴を追うのが大変になります。

一旦提出したターミナルディスクレーマーは、例えばその後の補正でクレームの重複が回避できた場合には、取り下げることができます。しかし、特許になったらターミナルディスクレーマーは取り下げできません。ターミナルディスクレーマーの取り下げの受理の前に特許が登録された場合、再発行特許出願であらためてターミナルディスクレーマーを取り下げようとしてもそれはできません(In re Yamazaki (Fed. Cir. 2012))。

一般的には、ダブルパテント排除の意義は、不当な存続期間の延長の防止といわれています。ターミナルディスクレーマも、本来、特許期間の終期を放棄するという意味合いです。しかし、個人的には、継続出願に対して親出願から自明だというダブルパテントの拒絶を受ける場合に疑問に思わなくもありません。米国特許の存続期間は、とっくの昔の改正で、米国出願日から20年と決まっており、継続出願の特許の存続期間は親出願の特許の存続期間と原則的に同じです。違うとすれば、PTA(米国特許商標庁の処理の遅延による特許期間の調整)を少なくともどちらかで受ける場合です。ファミリー出願でPTAのせいで存続期間が4年も5年も違うこともたまにはありますが、PTAの可能性がない場合には、ターミナルディスクレーマを出しても出さなくても存続期間は変わりません。この場合のターミナルディスクレーマの意義は、分離移転の禁止しか意味がないので、「ターミナルディスクレーマ」という名前は実体的な効果を表現していないように思います