Enfish判決(2016.5.12)においては、ソフトウェア関連発明の特許適格性の判断に際し明細書における課題の記載が重視された点は先の記事(「ソフトウェア関連発明の特許適格性(1) ~アリスその後。。~」)でご紹介しました。
米国に限らず日本においても、一般的に、明細書に記載の発明の効果を参酌してクレームの用語が限定的に解釈されるおそれがあります。このため、明細書の書き手は課題の記載には気を使います。特に米国では「本発明」の作用・効果としての記載はなるべく避けた方が良いと云われています。このため、SUMMARY OF THE INVENTION(「発明の概要」)に効果は一切記載しないという方針を選択する場合もあります。
また、従来技術の欠点もあまり書き過ぎると、「本発明」が従来技術の欠点のすべてを解決しているかのように解釈されるおそれもあります。BACKGROUND OF THE INVENTION(「背景技術」)の記載も注意が必要です。
ところが、Enfish判決にかかる明細書(US 6,151,604、「以下、’604特許」)では、BACKGROUND OF THE INVENTIONに従来技術の欠点が山ほど記載されています。さらに、SUMMARY OF THE INVENTIONには、本発明の効果が長々と記載されています。
‘604特許のBACKGROUND OF THE INVENTIONに記載されている内容を見てみましょう。
The pure relational model places number of restrictions on data items. For example, each data item cannot have attributes other than those columns described for the table. Further, an item cannot point directly to another item.
… to include a large number of tables that require a relatively large amount of time to search. Further, the number of tables occupies a large amount of computer memory.
The structural requirements of current databases require a programmer to predefine a structure and subsequent date entry must conform to that structure. This is inefficient where it is difficult to determine the structure of the data that will be entered into a database.
… word and image processors that allow unstructured data entry do not provide efficient data retrieval mechanisms and a separate text retrieval or data management tool is required to retrieve data. Thus, the current information management systems do not provide the capability of integrating full text or graphics data entry with the searching mechanisms of a database.
そして、本発明です。
The present invention overcomes the limitations of both the relational database model and object oriented database model by providing a database with increased flexibility, faster search times and smaller memory requirements and that supports text attributes. Further, the database of the present invention does not require a programmer to preconfigure a structure to which a user must adapt data entry.
要訳すると…
・従来のデータベース管理システム(関係データベースのことを指しています)は、多数のテーブルを含むため検索に時間がかかるうえ、コンピュータの記憶容量を圧迫する。
・新たなデータエントリーを追加する際には、プログラマーはデータ構造を予め定義する必要があり、ユーザは定義されたデータ構造にしたがってデータを入力する。
・ワードプロセッサや画像プロセッサは非構造的なデータエントリーを採用するため、データを検索するには別の検索手段が必要。すなわち、従来の情報管理システムでは、文章やグラフィックスのデータエントリーをデータベースで検索することができない。
(背景技術欄には、オブジェクト指向データベースについても色々と欠点が記載されています。)
それに比べ、本発明は、関係データベースとオブジェクト指向データベースのいずれの欠点も克服するものであり、
柔軟性を向上し、
検索時間を短縮し、
メモリ容量を削減し、
テキストの属性もサポートする。
さらに、プログラマーはデータ構造を事前に決めておく必要もない。
そして、SUMMARY OF THE INVENTIONでは、
The present invention improves upon prior art information search and retrieval systems by employing a flexible, self-referential table to store data. (本発明は従来の情報検索システムを改良するものであり、柔軟な自己参照型テーブルを用いてデータを格納する。)
The table of the present invention may store any type of data, both structured and unstructured, and provides an interface to other application programs such as word processors that allows for integration of all the data for such application programs into a single database. (構造的なデータだけでなく非構造的なデータも格納することができるので、ワードプロセッサなどの他のアプリケーションへのインタフェースを提供し、これらのアプリケーションのデータもすべてひとつのデータベースに統合することが可能となる。)
などとあり、自己参照テーブルのデータ構造の説明が続きます。
驚いたことに、Enfish判例の判決文を読むと、裁判所(CAFC)が参照している明細書の箇所はBACKGROUND OF THE INVENTIONとSUMMARY OF THE INVENTIONにほぼ集中しています。
これでは明細書の書き手は頭を抱えてしまいます。
たしかに、課題や効果を書き過ぎてしまうと権利行使の際に限定解釈されるおそれがあります。しかし、審査段階においては、特許適格性のハードルをクリアしなければ権利化することができず、裁判所でも特許適格性の要件が攻撃対象となります。特許適格性のハードルがクリアできる程度に、かつ、クレームを限定解釈されない程度に、課題や効果をBACKGROUND OF THE INVENTIONとSUMMARY OF THE INVENTIONに記載することが必要になるのかもしれません。言うは易しですが。。
BACKGROUND OF THE INVENTIONとSUMMARY OF THE INVENTIONに「本発明」の課題や効果として記載するには限定的に過ぎる内容については、「実施形態」の課題や効果として、実施形態中に記載することも一案です。