国内優先権の利用態様といえば、昔は、「実施例補充型」、「上位概念抽出型」、「発明の単一性利用型」の3タイプがあるといわれていたものでした(例えば、吉藤「特許法概説」)。
昔の傘理論(アンブレラ理論)の下では、これらの3タイプとも何の問題にはならなかったでしょう。傘理論というのは、後の出願のクレーム発明全体というよりも、クレーム発明の各要素が基礎出願に記載されているかどうか判断し、基礎出願に記載された要素を記載した基礎出願の後の引例は、優先権主張出願の先行技術にはならないという理論です。例えば、基礎出願にAが記載されていれば、Aを記載した引例は、A+Bを記載した優先権主張出願の先行技術にはならないことになります。いわば、基礎出願に開示された各事項が傘や盾のように機能して、その後に公表された事実から後の出願を守ってくれるという理論です。傘理論は、パリ条約優先権でも国内優先権でも同様に適用可能と思われていました。
しかし、パリ条約優先権については、最近の世界的な傾向として、傘理論は廃れており、優先権主張出願のクレームのすべての要素が基礎出願に記載されていなければ優先権の効果が認められくなってきています。例えば、優先権主張出願のクレームがA+Bなら、基礎出願にAだけしか記載されていなければ優先権の効果が認められません。国内優先権についての上記の3タイプのうち、「上位概念抽出型」はかなり危険であり、「実施例補充型」もまだどうなるか分からないといえるでしょう。
実務的には、上記の3タイプに加えて、「記載不備解消型」の国内優先権主張出願も行われてきています。
1.「実施例補充型」
「実施例補充型」というのは、基礎出願のクレームを広く記載しておいて、その後にそのクレームでカバーされる新たな発明の実施の形態を、優先権を主張した後の出願に含めるというやり方です(クレームはそのまま)。
この「実施例補充型」に関しては、有名な判決(東京高判平15.10.8、平成14年(行ケ)539号審決取消請求事件(人工乳首事件))があります。この判決では、「後の出願の明細書の発明の詳細な説明に,先の出願の当初明細書等に記載されていなかった技術的事項を記載することにより、後の出願の特許請求の範囲に記載された発明の要旨となる技術的事項が,先の出願の当初明細書等に記載された技術的事項の範囲を超えることになる場合には、その超えた部分については優先権主張の効果は認められないというべきである」と記載しています。要するに、基礎出願のクレームと優先権主張出願のクレームが文言上は変わらなくても、優先権主張出願で追加された実施の形態のために、権利範囲が広がったと解釈できるから、その広がった権利範囲の部分にまで優先権の効果は認めてやらないということです。
人工乳首事件の判決理由の「その超えた部分については優先権主張の効果は認められない」は、「超えていない部分には優先権主張の効果は認められる」と読め、部分的な優先権主張の効果(部分優先)は認められているように見えます。しかし、部分優先がたとえ認められたにしても、その広いクレームの発明は、「その超えた部分」を含んでいますから、クレーム発明”全体”としては優先権が認められないことになり、基礎出願の出願日と優先権主張出願の出願日の間に出願された第三者の出願を引例として、判決では拒絶審決が維持されました。
この判決は特許庁の「パリ条約による優先権」の審査基準にも、「第一国出願の出願書類の全体には記載されていなかった事項(新たな実施の形態等)を日本出願の出願書類の全体に記載したり、記載されていた事項を削除(発明特定事項の一部の削除等)する等の結果、日本出願の請求項に係る発明に、第一国出願の出願書類の全体に記載した事項の範囲を超える部分が含まれることとなる場合は、その部分については、優先権の主張の効果は認められない」という表現で反映されております。「国内優先権」の審査基準はこれを踏襲しています。
もっとも、その後で出された判決(東京高裁平成17年1月25日判決、平成16 年(ネ)1563号特許権民事訴訟事件(レンズ付きフィルムユニット事件))では、優先権主張出願で追加された実施の形態がクレーム発明のうち周知技術部分に関連する変形であれば、優先権の効果が認められます。これを踏まえると、追加される実施の形態がクレーム発明のうち周知技術部分に関連する変形であれば、優先権の効果が認められ、追加される実施の形態がクレーム発明のうち新規技術部分に関連する変形であれば(権利範囲が広がったと解釈できる余地があるから)、優先権の効果が認められるともいえそうです。
但し、人工乳首事件は、補正での新規事項の追加が認められなかった時代の出願に関する事件であり、レンズ付きフィルムユニット事件は、クレーム発明の要旨を変更しない範囲であれば実施例を追加する補正が認められた古い時代の出願に関する事件です。補正の許容範囲の判断は優先権の効果の判断と似ているため、レンズ付きフィルムユニット事件では、裁判所は、補正の許容範囲の古い基準を考慮して、優先権の主張の効果を広く認めた可能性があります。そうすると、レンズ付きフィルムユニット事件の判示を現在の実務に当て嵌めることはできないかもしれません。
最近、人工乳首事件とは異なる判決が知財高裁から出されました(平成24年2月29日判決、平成23年(行ケ)第102127号 審決取消請求事件(旋回式クランプ事件))。特許庁の審査基準が真っ向から否定された感があります。
旋回式クランプ事件の判示からいって、「実施例補充型」は全面回復するかもしれませんし、一部は回復するかもしれません。どのような実施の形態ならば追加しても優先権の効果に悪影響がないのか、さらなる判決の蓄積が待たれます。といっても、優先権主張の効果を争う裁判は、基礎出願と優先権主張出願の間に中間引例がないと始まらないので、判決が少ないのが実情です。2013年12月の現時点では特許庁は審査基準を変えていません。
「実施例補充型」は、基礎出願のクレームが明細書の開示に見合わない広いものでありサポート要件違反であったところ、後の出願で手当したという見方もできます。明細書の開示が乏しい基礎出願に基づく優先権が果たして認められるべきなのか、当面、頭を悩ますところです。後述するように、発明の実施可能要件を満たすために、基礎出願の深刻な記載不備を国内優先権主張出願で解消すると、優先権は効かないことになっております。サポート要件違反は実施可能要件違反に重なることが多いのです。
従来いわれる広いクレームをあらかじめ出願しておく「実施例補充型」で優先権が完全に安全かどうかは、まだ未確定といえます。どうしても実施の形態を追加して優先権主張出願をしたければ、基礎出願の開示に見合った狭いクレーム(優先権の効果が認められるクレーム)を作り直して、追加事項に見合った狭いクレーム(優先権の効果が認められないクレーム)と一緒に出願する方が安全策ということになるでしょう。これでは、「発明の単一性利用型」と同じになってしまいます。
但し、たとえ優先権が効かないとしても、サポート要件を満たしておくことは悪いことではありません。中間引例さえなければ、サポート要件違反を予防できる点で安全策といえます。
米国ですと、仮出願に基づく本出願の優先権主張が否定された事件として、New Railhead Manufacturing v. Vermeer Manufacturing(298 F.3d 1290 (Fed. Cir. 2002)があります。ここでは、仮出願が本出願に対してサポート要件違反の場合に、優先権は認められませんでした。また、パリ条約優先権に関しては、In re Gosteli, 872 F.2d 1008, 10 USPQ2d 1614 (Fed. Cir. 1989)で、外国の基礎出願が米国出願に対してサポート要件違反の場合に、優先権は認められませんでした。ベストモードを開示していなかった日本の基礎出願に対して、ベストモードを開示した米国出願は、優先権の要件を満たしていないと判断されたKawai判決も有名です。
2.「上位概念抽出型」
「上位概念抽出型」というのは、下位概念でクレームが記載された複数の特許出願を基礎にして、これらをまとめた上位概念の発明をクレームに記載して出願するというやり方です。基礎出願が1つであっても、後の出願でクレームを広くすることはできない話ではないです。
しかし、「上位概念抽出型」で作成された広いクレームの発明は、基礎出願には記載されていないはずですから、問題視されます。優先権が効くとしても、せいぜい部分優先です。
パリ条約優先権について、欧州特許庁の審決(G2/98) では、「優先権主張要件は、当業者が通常の一般的知識を用いて先の出願全体からクレームの対象を直接的かつ明確に導き出すことができる場合のみ、後にした欧州特許出願のクレーム部分について先の出願に基づく優先権が認められることを意味する」と判示しています。この「当業者が通常の一般的知識を用いて先の出願全体からクレームの対象を直接的かつ明確に導き出すことができる」範囲というのは、とても狭く、実際には基礎出願になんらかの開示がないと優先権の効果はまず認められません。「当業者の知識」を当てにして、むやみにクレームを広げると、優先権は認められません。
日本でも「パリ条約による優先権」の審査基準に「日本出願の請求項に係る発明に、第一国出願の出願書類の全体に記載した事項の範囲を超える部分が含まれることとなる場合」には、パリ条約優先権の効果が認められないことは記載されており、「国内優先権」の審査基準はこれを踏襲しています。
「上位概念抽出型」でも部分優先は認められると考えられます。但し、仮に1つの上位概念のクレームの一部分に優先権(部分優先)が認められたとしても、そのクレーム全体に優先権が認められるのではありません。部分優先といえばいかにも優先権が効いていそうで聞こえはよいのですが、真の意味は、クレーム発明の一部しか優先権が効いていないということ(クレーム発明全体については優先権は無効ということ)です。基礎出願と優先権主張出願の間の中間引例があれば、やはり、そのクレーム発明は維持できません。要するに、いざ優先権勝負が必要なとき、上位概念抽出したクレームは負けるということです。その意味では、部分優先の実質的な効果は優先権無効とたいして変わり映えしません。
どうしても優先権主張出願をしたければ、基礎出願のクレームそのまま(優先権の効果が認められるクレーム)を含めておくことがよいということになるでしょう。これも「発明の単一性利用型」になってしまいます。
3.「発明の単一性利用型」
「発明の単一性利用型」というのは、発明の単一性の要件を満たす発明を先の出願に含めるやり方、つまり基礎出願に元々あったクレームと、これとは別のクレームを後の出願に含めるやり方です。このやり方であれば、基礎出願に元々あったクレームには優先権の効果はおそらく確実に認められます。元のクレーム発明と後のクレーム発明が大差なく、別々に出願すると、先願によって後願が拒絶されそうな場合(特許法第39条)には、メリットはあるとは言えます。特許庁の特許法第39条の審査基準では、出願人が同一であっても、「後願発明の発明特定事項が、先願発明の発明特定事項に対して周知技術、慣用技術の付加、削除、転換等を施したものに相当し、かつ、新たな効果を奏するものではない場合など」には、後願は拒絶されてしまいますから。
「発明の単一性利用型」には相変わらず意義があるといえそうです。
しかし、元のクレーム発明と後のクレーム発明の相違が大きい場合には、国内優先権主張をしないで、元の出願はそのまま残し、後の発明を別途新しく出願しても元の出願で拒絶されることはありません。無理に一出願にまとめると、むしろ後から発明の単一性がないことが分かって、分割出願せざるを得ない場合もあります。発明の単一性は、先行技術に対する貢献で判断されるので、先行技術が不明な段階ではあらかじめ予測するのは困難です。国内優先のメリットには、管理が楽ということが挙げられますが、後で分割出願するのでは、管理が楽かどうか分からなくなってしまいます。
また、もう一つ懸念されるのは、元のクレーム発明と後のクレーム発明の相違が小さい場合、特許法第39条の審査基準の判断が一出願内の別々のクレームに及ぶことがありえないとは言えないことです。基礎出願に元々記載されていたクレーム発明には優先権の効果が得られ、優先権主張出願で追加したクレーム発明には優先権の効果が得られませんから、同じ一つの出願内であっても、基礎出願に元々記載されていたクレーム発明が先願発明、優先権主張出願で追加したクレーム発明が後願発明として、同一出願内のクレーム発明のせいで優先権主張出願で追加したクレーム発明が拒絶という判決が出てもおかしくはありません(まだ見たことはありませんが)。
4.「記載不備解消型」
「記載不備解消型」というのは、要するに基礎出願に対する手続補正の代わりに、国内優先権主張出願で記載不備を解消してしまおうというやり方です。このやり方を使う場面としては、例えば、誤記または不明瞭な記載を訂正したいが、訂正すると新規事項の追加になってしまうので手続補正は許されないとか、基礎出願には発明を実施可能な程度に記載しておかなかったが、記載を補充すると新規事項の追加になってしまうので手続補正は許されないといった場面が挙げられていました。
しかし、「パリ条約による優先権」の審査基準に「第一国出願の出願書類の全体には実施可能な程度に記載されていないが、実施の形態の追加等により、日本出願の請求項に係る発明が実施可能となり、第一国出願の出願書類の全体に記載した事項の範囲内のものでなくなる場合」には、パリ条約優先権の効果が認められないことは記載されており、「国内優先権」の審査基準はこれを踏襲しています。そうすると、発明の実施可能要件を満たすために、基礎出願の深刻な記載不備を国内優先権主張出願で解消すると、優先権は効かないということになります。
優先権の効果が認められるためには、基礎出願と国内優先権主張出願を比べると、たしかに訂正されたために相違はあるが、クレーム発明はやはり基礎出願にきちんと開示されているといえる程度の訂正でなければなりません。軽微な訂正であれば、「記載不備解消型」の意義はあるといえるでしょう。
但し、たとえ優先権が効かないとしても、実施可能要件または明確性要件を満たしておくことは悪いことではありません。中間引例さえなければ、明確性要件違反を予防できる点で安全策といえます。
5.「早期審査利用型」
基礎出願の審査がものすごく早く行われれば、国内優先権主張出願を利用して審査官に審査してもらえる機会を増やすことが可能です。これを「早期審査利用型」と呼ぶことができます。一つの出願に対して審査官が拒絶理由通知書を発行する回数は多くありません。日本では、最初の拒絶理由通知書に応答しても、最後の拒絶理由通知書なしで、直ちに拒絶査定が発行されることがしばしばあります。
実際経験したことですが、例えば、基礎出願に対して早期審査の請求を行うことにより、基礎出願の出願日から早ければ1,2ヶ月後(つまり1年以内)に最初の拒絶理由通知書が発行されます。この段階では、まだ国内優先権を主張した新出願を行うことが可能です。新出願に対しても最初の拒絶理由通知書が発行されますから、審査官に審査してもらえる機会を増やすことが可能です。